ページ内のクイックリンク
  1. このページの本文へ
  2. サイト全体メニューへ
  3. サイト情報メニューへ

サイトメニュー

“ストーリー”:さあ進もう、前へ。もっと人生を愉しむために。

こくみん共済 coop とともに前へ進む皆さまに今の生き甲斐、これからの夢をうかがいました。

“ストーリー”数:58件

野田 浩二さん

記録的な台風で痛感した“備え”の必要性。保障は生活の復旧に役立つ存在

野田 浩二さんの“ストーリー”を読む
この“ストーリー”を閉じる

千葉県在住

野田 浩二(のだこうじ)さん
[45歳]

PROFILE
製造会社勤務。約10年前にマイホームを購入し、妻、社会人の長女、中学生の長男の4人家族。職場では労働組合の組合長として保障の相談にのるなど組合員をサポート。

観測史上最大規模の台風で被災。
激しい風雨に怯えながら過ごした一夜

 私がこくみん共済 coop に加入したのは約10年前に現在の自宅を購入したときです。住宅ローンの相談をした金融機関で「住まいる共済」を紹介され、すすめられるままに加入しました。
 それから何事もなく生活をしていたのですが、2019年9月9日の台風15号で自宅が被災しました。千葉県で観測史上最大規模と呼ばれる巨大な台風で、屋根瓦、2階の天窓、塀、物置小屋などが被害を受けました。
 台風がきたのは9日の深夜です。自室で寝ていたら地震のような揺れを感じて目が覚めました。すさまじい雨と風の音が聞こえ、すぐにこの揺れは台風のせいだとわかりました。
 巨大な台風が近づいていることは、前日のニュースなどで見聞きしていたので、多少は気にかけていたものの、想像を超える激しさでした。
 あわてて部屋の電気をつけようとスイッチに手を伸ばしたものの、停電していてつきませんでした。情報を集めたくてもテレビが見られないので、

スマートフォンを使ってネットのニュースや行政のSNSをチェックしました。千葉県のあちこちで停電被害が出ており、避難勧告の出ている地域もあるようでした。
 その夜は、何が起きてもいいように家族で居間に集まり、早く通過してくれと祈るような気持ちで明け方まで過ごしていました。

電気が復旧したと思ったら、今度は水道が・・・。
ライフラインの重要性を痛感した10日間

 翌朝は、昨日の風雨がウソのような快晴でした。しかし、電車などの交通機関はマヒしていて、娘は出社できずにその日は休みに。息子の学校からは休校にすると連絡がありました。
 私は車で会社に行くことができたので、いつも通り出社しました。同僚たちと情報交換をして、私の家のように停電しているところもあれば、被害がなかったという場所もあり、地域によって被害に差があることがわかりました。
 電気が復旧したのは台風から3、4日経ってからです。夜中は懐中電灯しか頼れる明かりがなく、何かと不自由だったので、家に明かりが戻ったときは「これで安心だ」と胸をなでおろしました。
 ところが、それからまもなくして今度は水道が使えなくなってしまいました。なんでも、停電の影響で浄水場の給水ポンプが動かなくなってしまったらしいのです。電気が復旧した時点で、元の生活に戻れると安心しきってしまい、いざというときのために溜めておいた風呂水を流してしまった後だったので、そのときは「しまった」と本当に後悔しました。
 幸いにも自衛隊の給水車が近くに来ていたので、生活用水などはそこから給水することができました。風呂やシャワーは、会社のシャワールームを借りて家族でしのぎました。9月のまだ暑い時期だったので、こうした周囲のサポートには本当に助けられました。
 水道が復旧するまでには4、5日かかりました。停電と合わせてトータルで10日ほどのできごとでしたが、水や電気の使えない生活がいかに不便かを痛感し、これらがライフラインと呼ばれている理由をあらためて実感しました。

「手続きは生活が落ち着いてからでも大丈夫」
心を軽くしてくれた担当者の言葉

 こくみん共済 coop に共済金の申請をしたのは、それから2週間ほど経ってからです。
 組合事務所に行くと、こくみん共済 coop の担当者が来ていて「ご自宅やご家族は大丈夫ですか?住まいる共済に加入しているので、何かあったら言ってくださいね」と声をかけてもらいました。ちょうど自宅の被害に頭を悩ませていたところだったので、このように担当者から声をかけてもらえたのはありがたかったですね。また「申請は生活が落ち着いてからでも充分間に合います。安心してください」と言ってもらえ、気持ちに余裕が生まれました。
 その後の共済金の手続きも、とんとん拍子という感じでスムーズに進みました。自宅の修理費用はどのくらいか、事前に工務店からもらった見積書を提出していたのですが、それとほぼ同等の共済金を受け取ることができました。加えて、塀や物置小屋の被害に対してはお見舞金をいただきました。正直、ここまで手厚いサポートを受けられるとは思っておらず、保障に加入していてよかったと心から思いました。

 もし保障に加入していなかったら・・・そう思うと冷や汗が出ます。保障は私にとって、普段は影のように身を潜めていても、ここ一番というときに生活を元通りにする手助けをしてくれる存在だとしみじみ思いました。
 これからも、家族とわが家、健やかに過ごせるように、こくみん共済 coop にはお世話になるつもりです。

※ 掲載内容は2020年2月現在のものです

編集後記

 最近は労働組合の業務で忙しいながらも、休日は釣りが好きな中学生の息子さんと一緒に近くの海や川へ行くのが楽しいと満面の笑顔でお話してくれた野田さん。これからも、ご家族4人、自慢のマイホームで幸せな生活を続けてほしいと思います。

この“ストーリー”を閉じる
K.Kさん

親身になって支えてくれる担当者に感謝。息子のため、家族のため、これからも保障と一緒に

K.Kさんの“ストーリー”を読む
この“ストーリー”を閉じる

群馬県在住

K.Kさん [52歳]

PROFILE
物流会社勤務。労働組合の執行委員として活動。組合員のサポートをしながら、保障関連の相談に応じている。妻、長男、次男の4人家族。

息子のけがで共済金を申請。
信頼できる担当者の対応に感謝

 私がこくみん共済 coop に加入したのは、労働組合でセット共済に加入した1998年ごろのこと。その後、子どもが生まれた際に、組合事務所に顔を出していた担当者から「子ども向けの保障がある」と教えてもらったことがきっかけで、けがをすることが子どもは多いから、もしものために備えておこうと思い、当時の「こくみん共済(キッズタイプ)」に加入しました。
 それからしばらくして、保障のお世話になったのは、次男が高校2年生のときです。学校のサッカー部の練習中に、手の中指の腱を断裂したのです。治療のためギプスで指を固定することになりました。手術をするほどの重傷でなかったのは幸いでしたが、それでもギプスが取れるまで1週間くらいかかったと記憶しています。

 こくみん共済 coop に連絡したのは、息子を病院に連れて行ってすぐです。担当者に共済金の申請ができるか聞いてみると「診断書があれば大丈夫ですよ」という話でした。申請の手続きは、すべて妻がやってくれたのですが、「手間にならず、簡単だった」と聞いています。申請には手間がかかるイメージがあったので、スムーズに対応してもらえて助かりました。

労働組合は保障が身近に感じられる場所。
相談のしやすさが「安心」につながる

 実は共済金の申請をしたのは、今回が初めてではありません。私自身、草野球をしていたときのけがで申請したことがありますし、そのほかにも車の事故、台風の被害など、日常生活のいろいろなトラブルに対して、その都度こくみん共済 coop の担当者に相談してきました。
 組合員のなかには「長いこと何事もなく過ごしてきて、初めて問い合わせることになった」とか「加入していたことをすっかり忘れていた」なんて人もいます。それだけに、「もしかすると、こんなに相談している自分は、ちょっとめずらしいのではないか」と思うこともあります。
 それはおそらく労働組合の役員として、こくみん共済 coop の保障を身近に感じられる立場で仕事をしているからだと思います。担当者ともひんぱんに情報交換をしていて「どんな些細なことでも相談してください」と言われているので、安心して聞けるし、ていねいに教えてもらえます。「この程度の被害だと共済金は出ないだろうな」と思うようなことでも、よく確認してみると、保障の対象になったということもありました。身近に相談できる人がいることが、安心につながっていると思います。

遠慮するのはもったいない。「相談」を保障の知識を深める機会に

 中指をけがした息子ですが、実はそれよりも1年ほど前に、サッカーの試合中に相手の選手とぶつかって救急車で運ばれるけがも経験しています。このときは、2、3日の通院で済みましたが、ここでもこくみん共済 coop の保障にサポートしてもらいました。
 短期間に2度も共済金を申請することになったので、手続きをするときに妻から「申請しても大丈夫なの?」と聞かれました。「警戒されるんじゃないか」とか「いろいろうるさく言われたりしないだろうか」と不安に思ったみたいです。本当はそんなことはないのですが、保障になじみのない人からすると、そう思うこともあるみたいですね。
 そこで「それでも、とりあえず相談してみよう」と妻と話しました。
 せっかく保障に加入しているのに遠慮するのはもったいないと思います。なにかあったときのための保障ですし、聞けば担当者は快く答えてくれます。保障の知識を深めるよい機会にもなると思います。また、こくみん共済 coop の保障を知っておくと、世の中にあるいろいろな保障を比較・検討するときの基準にもなります。
 そんな保障に支えられてきた私の息子も今年高校を卒業して4月から大学生です。一人前の社会人として送り出すまでは父親としてできるだけの手助けはしたいと思い、保障もこれからの生活に合ったものを選んで加入させようと思っています。
 「一度加入すれば、ずっと安心が続く」そんな保障があるといいですね。
 これからも、こくみん共済 coop は、息子はもちろん、私たち家族の安心を支える存在であってほしいと思います。

※ 掲載内容は2020年2月現在のものです

編集後記

 日ごろから、こくみん共済 coop と付き合いのあるK.Kさん。保障に対する意識も高く、組合員に必要なこれからの保障について、ご自分の考えを熱く語ってくれました。そんなところも組合員のみなさんに信頼されている理由なのだろうと感じました。

この“ストーリー”を閉じる
籾山 健一さん

支えてくれた家族と多くの仲間のためにも、早く元の生活に戻ることが目標!

籾山 健一さんの“ストーリー”を読む
この“ストーリー”を閉じる

栃木県在住

籾山 健一(もみやまけんいち)さん
[46歳]

PROFILE
妻、高校生の長男、中学生の次男の4人家族。高校卒業後から勤務している会社の労働組合で執行委員長を務める一方、地元の中学校のPTAをはじめ、地域の活動にも積極的に参加している。

視界が真っ暗になったと思ったら・・・。
「くも膜下出血」で病院へ搬送される

 「なんだか視界が暗いな・・・」
そう思ったときには、意識を失っていました。
 2019年5月初旬、知人同士で集まって食事会をしていたときです。ビールを中ジョッキで2杯飲んだ後にトイレへ行き、自分の座席に戻った直後でした。突然目の前が真っ暗になって、そのまま床に倒れ込んでしまったのです。
 意識が戻ったときは、病院に向かう救急車の中でした。担架に寝かされている私の耳元で救急隊員の話し声が聞こえ、その内容から「もしかしたら、くも膜下出血かもしれない」と思いました。
 というのも、私は6年前に受診した脳ドックで脳動脈瘤が見つかっていました。そのときは1~2mmと小さかったので、手術はせずに経過観察となりました。その後の検査でも悪化する様子は見られませんでした。「これなら大丈夫だろう」と勝手に判断してしまい、2年くらい前からは検査を受けずにいたのです。
 搬入先の病院で脳の検査を受けた結果、破裂したのは6年前の脳ドックで見つかった動脈瘤だとわかりました。当初小さかったはずの瘤(こぶ)は、7mmくらいの大きな塊になっていたそうで、すぐに手術を受けることになりました。

入院中は、たくさんの人に励まされた

 目を覚ましたのは手術が無事に済んだ翌日です。目を開けてすぐ、病室が不自然に薄暗く見えたのを覚えています。
 術後の検査で視力を測ると、1.5以上あったはずの視力は0.1まで下がっており、それまで見えていた視界の右側だけが、片目を閉じたときのような感じで見えにくくなっていました。また、片方の視力が極端に落ちたせいか、遠近感がつかめなくなっていました。
 目の神経に障害が残ったと知ったときはショックでした。入院中は「この状態が一生続くようなら、仕事に復帰できないのではないか」「家族をどうやって養っていけばいいのか」と、不安な日が続きました。
 そんな中で私を支えてくれた家族には、感謝の気持ちしかありません。とくに妻は毎日のように病院に来て、献身的に私を支えてくれました。また、中学1年生の次男は、学校の七夕の行事で「お父さんの目が早く治りますように」と書いた短冊を飾ってくれていたそうで、その話を妻から聞いたときは思わず涙ぐんでしまいました。そのときの写真は、自分のスマートフォンに保存して宝物にしています。

 見舞いに来てくれた会社の社長からも「たとえ後遺症が残ったとしても、仕事のできる環境を整えておくから、絶対に会社を辞めるような気持ちは起こさないでほしい」と励ましの言葉をもらいました。
こうした言葉には本当に救われました。他にも会社の同僚や労働組合の仲間など、たくさんの人に元気付けられました。
 多くの声援がパワーになったのだと思います。2ヵ月の入院と2ヵ月の自宅療養を経て、9月には何とか仕事に復帰できるようになりました。

もう一度ハンドルが握れるように―。
家族と保障を支えにリハビリを頑張る

 こくみん共済 coop の保障にも助けてもらいました。問い合わせや手続きはすべて妻がやってくれたのですが、担当者のレスポンスがスムーズで、不便を感じるようなことはひとつもなかったと聞いています。こくみん共済 coop が頼りになる団体なのは、日ごろの労働組合の活動を通じて知っていましたから、安心して対応をお願いできました。
 その後、受け取った共済金も充分に満足できる額で、手術や入院費用などはおおむねまかなうことができました。
 今回の出来事で、保障に対する認識が変わりました。それまでは掛金を支払うことの負担感だけが強かったのですが、長い人生何が起きるかわからないと実感した今では、家族の保障を少しでも手厚くしておきたいと思うようになりました。家計を見直して、ムダなお金があれば保障に回すことができないか、妻と相談しながら今後の備え方を決めたいと考えています。
 当面の目標は通院とリハビリを頑張ることです。今は、会社に行くときは、近所に住む同僚の車に乗せてもらっています。私が車の運転ができないのを知って、手助けを名乗り出てくれました。彼には頭が上がりません。

家庭では、以前は野球をしている息子のために野球場までの送り迎えをしていたのですが、今は妻に運転を代わってもらっている状態です。妻ばかりにお願いするのは悪いので、早く自分の運転で息子を野球場に連れて行けるようになりたいです。

※ 掲載内容は2019年11月現在のものです

編集後記

 家族や会社の仲間、周囲の励ましを受けながら、元の生活に戻るためにリハビリを頑張っている籾山さん。インタビューでは奥さまに対する感謝とご家族をとても愛していらっしゃる様子がうかがえて、たくさんの人がエールを送りたくなる、その理由がわかるような気がしました。

この“ストーリー”を閉じる

“ストーリー”数:58件