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“ストーリー”:さあ進もう、前へ。もっと人生を愉しむために。

全労済とともに前へ進む皆さまに今の生き甲斐、これからの夢をうかがいました。

“ストーリー”数:37件

湯浅 素夫さん

いつでも胸に“安心”を。 人とのふれあいを大切に、毎日健康に過ごしたい。

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群馬県在住

湯浅 素夫(ゆあさ  もとお)さん
[77歳]

PROFILE
仕事を退職し、3歳年下の奥様とセカンドライフを過ごす日々。趣味は10年前から続けている野菜作り。1日の終わりに、名湯と呼ばれる近所の温泉でその日の疲れを癒すのが楽しみ。

高校を卒業して鉄道会社に入社。
安全第一を叩き込まれた新人時代

 私は1957年に某鉄道会社に入社し、その時に労働組合の先輩から全労済をすすめられたのが、共済を知ったきっかけです。当時は18歳で共済の仕組みもよくわからないまま「とりあえず、先輩の言うことは聞いておこう」という感じで加入しました。それから77歳になる今日まで全労済一筋です(笑)。

 鉄道会社での仕事は、架線の保守点検業務が中心でした。約5mの高さにある架線に竹製の細いハシゴをかけてその上で作業するのですが、これが怖いのなんのって(笑)。先輩からは「作業は安全第一!」と叩き込まれました。作業中に感電したとか、ハシゴから落ちてけがをしたとか、そんな作業員がいたことも聞かされていたので、危険と隣り合わせの仕事なのだといつも肝に銘じていました。退職するまで、大きな事故も無く働いてこられたのはその先輩の指導のおかげだと思っています。
 そんな風に安全には気を遣ってきたつもりですが、全労済のお世話になったことが私には一度だけありました。それがこれからお話しする自転車の事故です。

自転車の事故で神経を切断。
医者の衝撃的なひと言に大ショック

 あれは2009年の5月頃だったと思います。夜の7時過ぎに、街灯の無い暗い道を自転車で帰宅する途中の出来事でした。おそらくタイヤが大きな石を踏んでしまったのだと思うのですが、運転中にバランスを崩して自転車から転げ落ちてしまったのです。右肩をブロック塀に強く打ち付けてしまい、激痛で動けずにいると、偶然通りかかった知り合いが私を見つけて、家族に知らせてくれました。すぐに救急車で近くの病院に運ばれました。

 病院では右肩の脱臼と一部骨折の診断を受けて、その場で治療してもらったのですが、それでも右肩から先が動かない状態でした。「神経に異常がありそうだ」ということで専門の病院で精密検査を受けたところ、神経が損傷していることがわかりました。先生からは「切れた神経は1日1ミリメートルしか回復しない。それも完治するかわからない」と言われてショックでしたね。けがをしたのが利き腕だったので働けなくなり、当時勤めていたシルバー人材センターでの仕事を辞めて、リハビリに専念することになりました。
 リハビリでは、固まったように動かない私の指を看護師さんが1本、1本折り曲げていくんですが、これが痛いなんてもんじゃない。何度も悲鳴をあげそうになりました……。日常生活では入浴する時が一番大変でしたね。指に力が入らないので濡らしたタオルが絞れない。仕方ないので、足でタオルを押さえつけながら、反対の手でねじるようにして絞りました。「自転車で転んだくらいで、こんなに酷い目に遭うなんて……」とつらい毎日でした。

セカンドライフに欠かせない。
保障はまさに「安心」のひと言

 全労済に連絡したのは、それから半年くらい経ってからだったと記憶しています。リハビリが一段落して、利き手がなんとか動かせるようになったので、共済金を申請するための書類を送付しました。最初に電話で問い合わせて、申請手続きの確認をしたのですが、とても丁寧に接してもらったのを覚えています。その後の共済金の受け取りも“待たされた”という印象はないですね。仕事で得られていた収入が断たれ、さらに治療費もかかる経済的に余裕のない状況でしたので、全労済のスムーズな対応と保障には本当に助けられました。
 今回の事故で、保障の大切さを再認識できました。普段の生活では存在感の薄い空気のようなものですが、更新の時期にあらためて書類を見ると「ああ、今年は何事もなく健康でいられてよかった。もしもの時にはよろしく頼みます」と願掛けするような気持ちになるんです。全労済は私にとって「安心」のひと言ですね。

地域に役立つ活動を通じて、
人とのふれあいを大切に生きたい

 10年くらい前から、自宅の隣の敷地で野菜作りをしています。育てているのは、インゲン、小松菜、サトイモ、ダイコンなど。今年は春にナスを植えたのですが、紫の花が咲いた時には、その鮮やかさに感動しました。けがの後遺症で指が動かしにくく、作業に不便を感じることもあるのですが、手塩にかけて育てた作物が無事に実ってくれた時は、そんな苦労も吹き飛んでしまうくらいうれしいですね。

 もうひとつ、楽しみにしているのは地域のボランティア活動です。小学生の子どもたちの下校時間に、PTAの父兄と一緒に通学路を巡回する活動を月に1、2回やっています。地域に貢献できる喜びがあるし、子どもたちやその親と交流する機会が持てるのがうれしいです。昔は「向こう三軒両隣」と言ったものですが、今はそういう感覚が希薄になっていますよね。でも、人間はひとりで生きていけません。突発的な自然災害や犯罪のニュースを耳にするたび、「こういうご時勢だからこそ、人とのふれあいを大切にしたい」と思います。
 そのためには健康であることが欠かせないので、今年から毎朝1時間くらいのウォーキングを始めました。ちなみに、妻は中高年の登山サークルに所属しています。「あなたと別れても、山とは別れない」と言っているくらい山登りが好きで、趣味を充実させていますよ(笑)。彼女に負けないよう、そして子どもや孫に対して残りの人生、可能な限り元気な姿を見せ続けていたいですね。

※ 掲載内容は2016年11月現在のものです。

編集後記

 「人とふれあうことが、健康を保つひけつ」だとユーモアたっぷりに話してくれた湯浅さん。けがの後遺症にも負けず、日々に楽しみを見いだしながらポジティブに生きる姿が印象的で、話を聞いているこちらまで元気をいただくような気持ちになりました。

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塩田 幸代さん

自動車事故が人生を考えるきっかけに。 “人とつながる”仕事を目指して勉強したい。

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千葉県在住

塩田 幸代(しおだ さちよ)さん
[42歳]

PROFILE
ご主人とふたり暮らし。趣味のバドミントンは市民大会で準優勝するほどの腕前。遠方の実家で療養中の母親を支えながら、慌ただしくも充実した日々を過ごしている。

買い物の帰りに車を運転中、
信号待ちで後続車両に追突される

 あれは2014年の9月でした。自宅から車で20分くらいの距離にあるショッピングセンターで買い物した帰り道。夕方、交差点で信号待ちをしていると、いきなり「ドンッ」と強い衝撃があって、身体がシートベルトに押し付けられました。一瞬なにが起きたのかと思い、振り返ってみると自分の車の真後ろに大型車が見えたので、「追突されたんだ」とわかったんです。赤信号の前で減速しきれず、私の車にぶつかってきたのだと思います。
 路肩に寄せて110番通報すると、10分くらいで警察がやってきて実況見分が行われました。今後の補償について相手の運転手と話し合い、その日はつぶれた車に乗って帰宅しました。  自宅で夕食の支度をしていると、ズキズキと首が痛み出してきて……。事故直後の気持ちの高ぶりがおさまって、本来の痛みが戻ってきたのだと思いました。夫に相談すると「病院で診てもらったほうがいい」と言われ、私も気になったので翌日病院で検査を受けました。病院の先生からは予想通り「頚椎捻挫(むちうち)」だと診断されました。  病院には3ヵ月くらい通院しましたが、首に違和感がなくなるまで1年近くかかりましたね。買い物の時など、利き手で荷物を持つと首から肩にかけて痛み出すので、反対側の手に持ち替えたりして、なるべく負担がかからないように注意しながら生活していました。正面衝突などの激しい事故ではないのに、完治するまでこんなに時間がかかるものなのかと、自動車事故の怖さをあらためて感じましたね。

電話での親身な対応に涙ぐむ。
人生の“もしも”に欠かせない存在

 全労済に連絡したのは事故の翌日でした。29歳の時に夫にすすめられて加入して以来、10年以上もの間、共済のお世話になったことがなかったので、まずは自分のけがが保障の対象になるのか確認しようと思いました。全労済の担当者に「大丈夫でしたか。けがの具合はいかがですか」と親身に応対されてビックリ。保障の仕事をしている人は、事務的に処理していくようなイメージがあったので、予想していなかった言葉をかけられて、うれしさと感謝の気持ちで、思わず涙ぐんでしまいました。「そんなことで感動するの?」と思われるかもしれないのですが、その時は事故のショックと首の痛みで少しパニック状態になっていたので、優しい言葉をかけてもらえて安心したんでしょうね。その後の共済金の振り込みなどもスムーズに応対してもらい、すぐに通院費に充てることができたので本当に助かりました。
 全労済の共済は「とりあえず加入しておこう」という感覚だったのが、「もしもの時に自分を助けてくれる存在なんだ」と強く感じるようになりました。それまで読み飛ばしていた手続きの書類にもきちんと目を通すようになり、「もし自宅を購入したら……、もし子どもを生み育てることになったら……、どんな保障に加入するといいだろう?」と、今後のライフプランと保障を結び付けて考えるようにもなりました。自分にとって「より良い人生とは何か」を具体的に意識できるようになった気がします。そういう意味で全労済は、私を成長させてくれるきっかけになった有り難い存在と言えるかもしれませんね。もちろん、事故にはもう遭いたくありませんが(笑)。

趣味を充実させつつ資格取得を目指す。
なりたかった職業の夢を叶えたい

 趣味でバドミントンと水泳をやっています。バドミントンを始めたきっかけは、夫の転勤で今の街に住み始めた時に、交友関係を広げたいと思い6年前に市民サークルに入ったことです。最初は「何をやっているんだろう…」と気持ちが沈むくらい下手だったのですが、親切に教えてくれる方がいたおかげで、3年目くらいからコツがわかってきました。今ではダブルスの市民大会で準優勝するくらいまで上達しました。水泳は最近始めた趣味で、近所のスポーツジムで週1、2回泳いでいます。水と一体になる感覚が気持ちいいんですよね。今後はタイムを縮めることにも挑戦して、いつか大会にも出場したいと思っています。
 実は今、心理士(※)にチャレンジしようと準備をしています。高校生の頃に心理士の職業を目指そうと思ったことがあったのですが、進路指導の先生に「就職するのは難しい仕事だ」と説得され、あきらめてしまって……。でも、この年齢になってもう一度チャレンジしてみたくなりました。今って、いじめとか、ひきこもりとか人間関係に悩む子どもたちの悲しいニュースが多いじゃないですか。心理士の仕事を通じて、家族や友人との“つながり”に悩む人たちを助けてあげることができればと思っています。

※心理士:スクールカウンセラー、心理相談員、セラピストなど、心理学に関連した知識や技術を必要とする業務を行う人との総称。

※ 掲載内容は2016年11月現在のものです。

編集後記

 学生時代に叶えられなかった心理士を目指したいと話してくれた塩田さん。その姿から、新しいことに挑戦しながら、自身の力で成長していこうとする前向きさを強く感じました。やっぱり自分のやりたいことをやるのが一番ですよね!

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吉田 寿美子さん

雪害で学んだ“備えること”。夫婦一緒に幸せをかみしめて毎日を大切に生きたい。

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群馬県在住

吉田 寿美子(よしだ  すみこ)さん
[70歳]

PROFILE
趣味は文章を書くこと。自作の詩はコンクールで受賞するほどの腕前。好きな花は、夫の昇さん(写真左)が毎年庭に植えてくれるカサブランカ。

観測史上最高の大雪で屋根が損壊。「まさか雪害とは……」

 全労済の火災共済に加入したのは今から20年くらい前ですね。元々加入していた生命保険が60歳を過ぎると保障内容が変わると知り、今後の自分に合った新しい保障を探そうと思ったのがきっかけです。夫が全労済から資料を持ってきてくれて、一緒に調べまし た。全労済は掛金や保障内容が口数によって自由に決められるので“融通が利く”という印象がありましたね。そして、火災共済に加入するのですが、まさか火事ではなく“雪”で被害を受けることになるなんて、想像もしていませんでした……。
 2014年2月15日は、前橋市で観測史上最高といわれた大雪が降った日です。私たちが暮らすところでは70cm以上の積雪を記録し、あちこちで建物の倒壊や交通障害が発生してテレビや新聞で大きな話題になりました。

 雪が降り始めたのは、前日のお昼頃だったと思います。空気が尋常でなく冷え込んでいたのを覚えています。空を眺めながらふと、「今までの雪の降り方とは違う」と感じたんです。私は新潟県で生まれ育ったので、その頃の経験から「大雪になる」と感覚的にわかったのだと思います。夜、明かりを消して布団の中で目を閉じていると、天井から「ずずっ……ずずっ……」と重いものを引きずるような音が聞こえてきました。最初はなんの音かわからず、不気味に感じていたのですが、やがて屋根からずり落ちてくる雪の音だと気づきました。子どもの頃に体験した豪雪の記憶がよみがってきて、嫌な予感がしましたね。その予感は的中してしまうのですけど……。
 翌朝、窓の外を見て唖然としました。雪が太ももの高さくらいまで積もっていて、庭のカーポートに入れていた車が見えなくなっていました。「これはえらいことになった」と思い、とりあえずテレビを見ようとスイッチを入れたのですが、ノイズばかりで映らなくって……。夫と一緒に長靴を履いて外に出てみると、屋根のアンテナが雪と一緒に落下していました。
 「隣近所はどうなっただろう」と雪を踏み越えて外に出てみると、近所の人たちが「車の通れる道を作ろう」と話し合っていたので、私もスコップで雪かきを手伝いました。しばらくして、家の見回りをしていた夫が「屋根瓦が落ちている」と伝えにきてビックリ! 見に行くと自宅の西側、東側、北側の屋根瓦が雪の重みに引きずられて落下し、雨樋がたわんで使い物にならなくなっていました。瓦の落ちた場所は小学校の通学路に面していたので、夫が「子どもたちの通学中に瓦が落ちたら大変なことになる」と、瓦が落ちそうな部分を見張ったり、棒で突っついて屋根の雪を落としました。
 この町に住んでいて、こんな大きな雪害なんて今まで経験したことがありませんでした。なにもかも大変で、その日は、雪かきだけで1日が終わったという印象です。疲れきってなにも考えられませんでした。

担当者の来訪に勇気付けられる。
保障は「お守り」だと実感

 全労済に電話をしたのは翌日の16日でした。日曜日だったので、受付だけ済ませて、17日に再び電話をすると「なるべく早く伺うようにします」という返事でした。後で知ったことですが、その日、全労済では雪害に遭った方からの問い合わせが相次いでいて、火の車のような忙しさだったそうです。それにも関わらず、担当者が被害の調査に来てくれました。私は雪のことで頭がいっぱいになっていたせいか「こんな大変な中、わざわざ来てくれた」という思いだけで感極まってしまいました。

それだけに「しっかり調査させていただきます」という担当者の力強い言葉にはとても勇気付けらましたね。
 共済金が振り込まれたのがそれから5、6日後だったと思います。素早い対応で助かりました。電気屋さんにアンテナを修理してもらい、テレビをつけるとイチゴ狩りのハウスが雪で押しつぶされて全滅したとか、交通障害が起きているとか、県内でいろいろな被害が出ていることを知って愕然としました。共済金のおかげで、家の修繕に充てることができましたが、共済金がなかったら大変なことだったと思います。
 今回のことで「保障ってお守りなんだ」と思いました。被害に遭うまでは「本当に役立つのかしら」という気持ちだったのですが、あらためて大切さを痛感しました。「お守り」って日常生活で役立つわけではないけど、持っていると安心できる。保障も、そういうものなのではないでしょうか。

詩や小説を書くのが楽しい。
いつか長編作を完成させたい

 私は子どもの頃から文章を書くのが好きで、自分で創作した詩や物語をコンクールに応募するのが趣味です。20年前に患った病気の後遺症で時々寝込んでしまうことがあり、外に出られないことがある分、本ばかり読んでいたのですが、そのうち自分でも書いてみたいと思うようになって。落選ばかりしていますが、それでもいくつかの作品は賞をいただきました。ある団体が公募したポエム部門で受賞して、本に掲載してもらったのはうれしかったですね。あと「60歳のラブレター」というテーマで書いた作品は単行本にも掲載されて、ラジオ番組で紹介してもらったんですよ。

 ちなみに、夫は私の作品の最初の読者です。「どう?」と聞くと「いいんじゃない?」と言ってくれます。心強い反面、どんな作品を読ませても「いいんじゃない?」としか答えてくれないので、本当に読んでくれているのか不安になることもあります(笑)。いつか実現したいのは1年くらい前から少しずつ書き進めている長編小説を完成させることですね。
 もうひとつ、これは夫とふたりで実現したいことなのですが、東北三大祭りをすべて見ることです。「青森ねぶた祭り」と「仙台七夕祭り」は見たので、残る「秋田の竿灯祭り」もいつか見たいねと話しています。
 幸いなことに今は2人とも元気なので、これから先も夫と助け合いながら仲良く生きていこうと思っています。

※ 掲載内容は2016年8月現在のものです。

編集後記

小説を完成させるのが夢と目を輝かせて語る寿美子さんと、時々フォローを入れながらお話をつないでくださる夫の昇さん。お話を聞きながら、ご夫婦で支えあいながら仲良く暮らされている様子が伝わってきて心が温かくなりました。

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“ストーリー”数:37件